「回想 ― Old Memory ―」 作・みなこ
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あれからクーゴは、キティ科学研究所の一角に自分の部屋を
もらい、日々キティ博士とドッジ助教授を助けて今なお活躍を
続けていた。
寂しさを紛らわすかのように精力的に動き回っているので、
いつ休んでいるのかしれない程クーゴは忙しそうに見える。
キティ博士は何も言わずに任せていたが、春風が心地良い
ある日、クーゴを呼んだ。
「今日はとても気持ちの良い日ですから、たまには休日にしなさい」
クーゴはキティ博士の気持ちを有り難く思いながらも笑って言った。
「ありがとうキティ博士。でも、俺は動いてるほうが性に合うんで
気にしないで下さいよ」
キティ博士は目を細めて頷いた。
「そうですか。・・・じゃあクーゴ、申し訳ないですが南の書庫に
行って、探して欲しい本を何冊かお願いしますね」
クーゴはキティ博士の頼み通り、本の検索に書庫へ向かった。
研究所の南側には離れがあり、そこはキティ博士の自室や
大事な本が有る書庫、そして、オーロラ姫が居た頃に使っていた
部屋もそのまま残されている部分だ。
一般の研究員などはもちろん出入り不可の、いわば聖域である。
クーゴは家族同然に信頼されていて出入りが可能で有るが、
それでも今までに一度ほど書庫を訪れた程度だった。
廊下を進んで行くと、左側に書庫、真っ直ぐ行けばキティ博士の
部屋。そして、右前方にオーロラ姫の部屋。
今はその部屋の主は居ないから、ドアの施錠がされているが、
時々キティ博士は風を入れるために、オーロラ姫の部屋の窓や
ドアを開放する。
もう二度とこの部屋へオーロラ姫が帰って来ることはない。
けれど、キティ博士は、まるで、子供がいつ帰って来ても迎えて
あげられるようなそんな感じでここをそのままにしている。
クーゴはオーロラ姫の部屋の前に立ったまま、ふっと考えた。
― キティ博士もきっと寂しいんだろう ―
少しだけ切ない目をしてすぐまた普通の顔に戻ったクーゴは、
書庫のドアを開け、中に入った。
クラシックな、というか何となく郷愁を感じさせる書庫の中。
色褪せや退化を防ぐために、照明を穏やかなものに
しているせいもあるのだが、何となくこの薄暗さが落ち着く。
クーゴは奥の棚まで行き、本を何冊か探す。
三冊目の本を手にした時、それが思いのほかずっしりとしていて
クーゴはバランスを崩し、そばの棚に体をどん、と寄せてしまう。
その途端、その棚にあったファイルが一冊、床に落ちた。
「いけね」
クーゴは振り返り、屈んで落ちたファイルを拾う。
少しだけ付いた埃を払おうとして表紙に手を触れたその時、
クーゴの動きが止まった。
“オーロラ姫 ・ 7歳”
表紙に、キティ博士が手書きで書いた文字があった。
クーゴは、そっと頁を開いた。
可愛らしい7歳のオーロラ姫の写真が、たくさん納められていた。
笑っている顔、膨れっ面、泣きそうな表情。
キティ博士と一緒に写っている楽しそうな姿も幾つか。
今は大王星の女王として、立派に君臨しているオーロラ姫の、
愛くるしい幼少時代の記録だ。
クーゴの顔は優しかった。それは、とても懐かしいものを見るような、
慈しむべき者を見るような、限りない想いを湛えていた。
ファイルを胸に寄せて、クーゴは目を閉じた。
そして、再びファイルを元の場所に戻し、本を抱えて書庫を後にする。
「キティ博士、本を持って来ました」
クーゴがキティ博士の元に戻って来た。
キティ博士はデスクで書き物をしていた手を止め、クーゴの方を
向いた。
「ありがとうクーゴ。そうそう、ドッジ助教授が捜していたようですよ」
次はドッジ助教授の手伝いである。
「じゃあ行って来ます」
クーゴはそう答え、行き掛けて、そこでキティ博士の方を振り返った。
「キティ博士」
思わずそっと呼んでしまう。
「どうしました、クーゴ?」
キティ博士の目は優しかった。
クーゴは首を振って笑った。
「いや、何でもないです。それじゃ」
クーゴの駆けて行く足音が、廊下に響き渡った。
また一陣、春の風が窓から流れ、通り過ぎて行った。
●2003・03・13更新
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