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イラスト・南十字あたる
朝から既に真夏日になりそうな気配がする。
午前5時。
空気はまだ涼やかだが、鳥達はあちこちで囀り、光が射し込む。
平和な地球の一日が今日も静かに動き出そうとしている。
クーゴは自分の部屋のベッドで自然に目覚めた。
珍しく清々しい、それで思い切って、早いけれど起き出してみる。
長い足がベッドからすっと降りた。そのまま光の元へ向かう。
窓を開けると、綺麗な一番の風がクーゴの髪をなびかせた。
すぐ近くでする潮騒と海の香りが、体の中に飛び込んで来る。
クーゴは穏やかな目をして外の木々を眺め、深呼吸をしてから
大きく伸びをする。
「さて。シャワーでもするか」
クーゴはそばの椅子に無造作にかけてあった真っ白なタオルを
ひょいと肩に放ると、バスルームに向かった。
「あーおくかがやくつっきーよりーもぉ♪」
クーゴはご機嫌に歌いながらシャワーに打たれている。
「ひーめはまことにうつくしい…」
そこまで歌いかけて、クーゴの歌が止まった。
生温い温度の水が自分目掛けて上から降り注ぐ中、ふとクーゴは
黙って中空を見つめてしまう。
髪から滑り落ちる水滴が、シリアスな表情のクーゴを覆う。
何かを思い出しているようだった。
けれど、気を取り直したように静かに微笑んで、今度は黙ったままで
クーゴがシャワー口に向かって顔を上げると、水飛沫は一斉に
容赦無く彼を襲った。
シャワーの水を浴びたサイボーグの自分の腕を見つめる。
思い出す。今日と同じような、遠いあの日のことを。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
あの日の朝も、自然に眠りから覚めたクーゴだった。
やはり夏の一日で、夜明けて間もない時刻だった。
クーゴはベッドの中で横たわったまま、けだるげに遠い目をして
思った。
… とうとう今日が来た。俺が新しく生まれ変わる日。
未来に向かって違う一歩を踏み出す日が …
クーゴはその日、ドッジ助教授の元に出向いて、約束通り
サイボーグ改造手術を受けることが決まっていた。
外見はどんなに変わっても、心の中は変わらない。
クーゴにはそんな悠然とした自信があったから、何も躊躇はなかった。
この日のために努力して来たのだから。
早く起きて時間もあることだし、と、クーゴはパジャマ代わりに
着ていた黒のランニングを荒っぽく脱ぐと、鼻歌まじりに
バスルームへと入って行った。
さらさらの髪。陽に灼けて締まった体は若々しく凛々しい。
十代のしなやかな筋肉。過酷な訓練によって形成されて、贅肉の
かけらもない。そして、長く伸びた足。
広く厚い胸板に逞しい肩。すっきりと美しい腰の線。
艶やかな肌を伝ってこぼれる雫は、後から後から弾け飛ぶ。
だけど。
この姿を、この目で見るのはもうこれが最後なのだと気付いて、
クーゴの心は少し揺れた。
… 考えたってしょうがねえ。
俺はもっと強くなって、自分の力だけで生きて行かなきゃなんねえんだ。
ぐずぐずと感傷に浸るのはよせ、ジャン・クーゴ …
クーゴは目を閉じ、水に打たれた頬を両手でパンパンと叩いて、
気合を入れる。
それからバスルームを出て、まっさらな白いコットンシャツを羽織ると、
窓を開け、洗い立ての髪を風になびかせた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
あの夏の朝と同じように、今またクーゴは、落ちて来るシャワーの
水に打たれた頬を両手でパンパンと叩いてみせる。
あの時と気持ちは変わらない。
俺は、もっと強くなりたい。
ただ、昔は、自分のために強くなりたかった。
今は。
自分を必要としてくれる人達や、大事な友のために。
そして、オーロラ姫をずっと愛して行くために。
クーゴは遠い夏の朝と同じようにバスルームを出て、白いバスタオルで
髪の雫を押さえながら、窓辺に歩いて行く。
波音は繰り返し繰り返し続いている。
風がいつかのように優しく、クーゴの洗い立ての髪を揺らし、
過ぎて行った。
●2003・08・05更新
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