躓きでもしなければ、
顧みられることもない路傍の小石。
それは……俺の姿。
どんなに心を尽くしても、
どれほど無法を重ねても、
人の心に俺は映らない……
……力……力が欲しい……
もっと、もっと……
誰もが、眉を顰めるほどに、
強大な力が……。
「クーゴ、貴方は何を恐れているのですか?」
ひっそりと静まりかえった部屋に、キティ博士の声が響いた。
シートに深く腰を落とし、スクリーンパネルに映し出された月を見ていたクーゴが、ゆっくりと振り返る。
怒っているような泣いているような顔。
問いかけに返す答が見つからない。
「ドッジ助教授の説明だけでは不安ですか?それならば、この研究の第一人者の……」
「違うんだ!どうせ俺の頭じゃ、難しい説明なんか聞いたってわかりゃしない。
博士もドジ助教授も、勧めるってことは、研究は完璧なんだと信じてる。けど……」
人間を強化サイボーグ化する研究と平行して行われていたバイオクローンの研究。
もともと、事故などで失った体の器官を自己の細胞を使って再生し、移植するために始まった研究だが、
繊細な部分に問題が多く、なかなか成果が上がらなかった。
そうこうしているうちに、銀河宇宙が不安定になり、サイボーグ技術開発の方が進んでしまっていたが、
こちらの研究がストップしていたわけではない。
その証に、先頃、数多くの問題をクリアして、ついに生体総ての再生に成功したのである。
そして、生体移植の被験者候補に選ばれたのが、他ならぬジャン=クーゴであった。
「貴方は、もう充分、銀河のために働きました。これからは、自分のために人生をお使いなさい。
そのためには、生身の体の方が、便利なことが多いでしょう。
貴方の心配は、元の体に戻ったら、オーロラを守れなくなるということですか?
それなら、宇宙飛行用の強化スーツも新型になり、もしもの時には、充分に戦闘に耐えますよ。」
キティ博士の言葉が、頭の中でうねりを起こす。
(……それが……俺の心配?……いや……)
ガタンッ!
大きな衝撃に突き動かされて、クーゴが立ち上がった。
「……俺には……何もない……何もなかったから、サイボーグになれたんだ……
……また、何もない俺に戻れって、博士は言うんですね……
何もない石ころのような俺に……」
(……認めたくなかった……だから、目を瞑っていたのに……)
「クーゴ、貴方の前にいる私を誰だと思っているのですか!
私は、そんな情けない息子を持った覚えはありませんよ。」
いつにない厳しい声で、キティ博士が、クーゴを叱責する。
「貴方のここに燃える想いは、そんなことで消えてしまうのですか!
……貴方の力の源は、もう、孤独ではないのですよ……」
博士の指が、クーゴの胸を強く押した。
押された場所が、火のように熱くなる。
(……本当に欲しかったのは、誰もが眉を顰める強大な力ではなかった……
それを教えてくれたのは……)
小さな音を立てて、スクリーンパネルが切り替わる。
全面に光る美しい星。
「……ありがとう……キ…かあさん……」
クーゴが、そう呟いた時、
遥かに遠いはずのその星の息吹は、すぐ傍にあった。
この命の他に、
俺は……何も持たない
だからこそ……
大切な人の傍にいられる
夢でない現実の中で
*作者談*
以前、クーゴが、人に近いサイボーグになる話を書きましたが、本当は、
生身の体に戻る話も書きたかったんです。
途中まで書きかけて放ってあったのを、なんとなく仕上げてみました。
今回、戻った後のことは、書いていませんが、想像していただけたら嬉しいです。