1978年4月2日から1979年8月26日まで 全73話が放映されたテレビアニメ「SF西遊記スタージンガー」のファンクラブです。        



スタジン小説 その49





「ずっと君を見ている」   作・みなこ

街には花冷えの寒さの中、煙るような雨が降っていた。 この雨で桜も散るだろう。 静かな午後の昼下がりだった。 とある町外れの病院の一室で、生まれたばかりの我が子と 添い寝をしながら、ソエルは幸福感に満ちた笑みを浮かべていた。 自分と良く似たブラウンの髪。生まれて間もないというのに豊かに ふわふわとしている。同じ色の眉毛は男の子らしく既にしっかりとして。 見えていなくても時折自分の方を向く黒い綺麗な瞳。 何て素敵な子なのかしら。 我が子ながら、世界で、いいえ、宇宙で一番可愛い。 パパにも良く似て、きっと凛々しい男性になるわ。 ソエルは喜びと誇らしさでいっぱいになり、そのまま安らかに 眠りに就いた。 赤ん坊はクーゴ、と名付けられた。 桜の花が満開になった日、4月6日に誕生した。 父親のリュードは元々スポーツマンで、今は有能なトレーナー としてあちこちに出掛けて不在がちだったが、愛息の誕生を知り、 赴任地から飛んで帰って来た。 そして、最愛の妻と、自分の分身である生まれたばかりの息子を 嬉しそうに抱きしめる。 3日後にはまた赴任地へ戻らなければいけない。 ソエルにはいつも苦労ばかりかけて。寂しい思いをさせて…。 リュードは誠実そうなきりりとした黒い瞳に、切なそうな色を 浮かべた。ソエルはすぐさまそれを読み取り、暖かく微笑む。 「リュード。忙しいのに帰って来てくれて本当にありがとう。 私は一人でも大丈夫よ。いいえ、もうクーゴが一緒ですもの。 安心してね」 何もかも解ってそう後押ししてくれる妻の気持ちが嬉しい。 リュードはもう一度優しく、そしてしっかりとソエルを抱きしめた。 二人は、お互いの親の反対を押し切り駆け落ちをして結ばれた 仲だった。だから何があっても二人きりで頑張って行かなければ ならない。それに。もう新しい家族も増えた。守らなければ いけないものがある。絆はとても強く、どんな逆境にも 二人一緒なら乗り越えて行けると、そう信じていた。 リュードは仕事先に舞い戻り、ソエルは健気に一人でクーゴの 育児を始める。 元気なクーゴ。もうこんなに活発で。 まだ2ヶ月にもならないのに、さすがにパパの血を受け継いで いるみたい。 ソエルは目が離せないクーゴにどきどきしながらも、嬉しくて 仕方がない。 そんな時だった。 クーゴにミルクをあげながら、春の優しい陽射しに包まれて うとうとしそうになっていたソエルは、突然の知らせを受け 愕然となった。 「落ち着いて聞いて下さい。リュードさんが…」 通信の向こう側のモニターに映った、リュードと一緒に仕事を している仲間が、辛そうな目をしてこちらを見ている。 ソエルはそれを聞き終えて気を失った。 事故でした。即死でした。 そんな声が、頭のどこかで繰り返し繰り返し響いている。 何のこと?誰の話? やめて。リュードのことじゃない。 リュードはあと1ヶ月したら、ちゃんと戻って来てくれる筈。 約束したもの。彼は絶対に嘘をつかない。 いつだって真っ直ぐな目で、明るい顔をして、私を安心させて くれる。だから。帰って来て。早く。 私とクーゴの元に。 突然のリュードの死に、ソエルの精神的な力は麻痺してしまった。 彼がいたからここまで来れたのに。 すべてが壊れて、もう何も考えられない。 彼がいないなんて、絶対に信じない。 ソエルはクーゴを連れて失踪した。 身内と呼べる存在を断ち切り、僅かな友からの連絡もかなぐり 捨てて。 ソエルはリュードと巡り会った街へと、さまようようにやって来た。 暮らしていた場所から遥かに離れた遠い都市。誰も彼女を知る 者はいない。まったく別の仕事をしていた二人が、たまたま 訪れていた出張先のホテルがここにあった。そしてその深夜、 ホテルが火災に遭い、避難途中、事切れそうになったソエルを 救ってくれたのがリュードだった。 運命的な出会いとも言える。 全焼したホテルの焼け跡は、今は色々な瓦礫の置き場、そう、 スクラップ捨て場に変わり果てていた。 あれからもう5年も経っている。 あのまま、ここで命を終わらせていたなら。 その方が良かった。こんな苦しみを知るくらいなら。 リュードのところへ行きたい。 ソエルは目に限りない涙を浮かべて、その場に立ち尽くしていた。 切ない夕暮れの風が彼女を取り巻く。 その時、胸に抱いていたクーゴが、いきなり泣き声を上げた。 ごめんなさいね。クーゴ。 もうママは生きて行かれない。 ママはパパがいないと駄目なの。 あなたと一緒にパパのところへ行こうとここまでやって来たけど、 あなたのその元気な声を聞くと、その命を奪う権利はママにはない。 だから。一人で行くから。 ママを許さないで。こんなひどい母親でごめんなさい。 ソエルは泣き叫ぶ小さなクーゴにそっと頬を寄せ、そして スクラップの上のすっぽりと収まる場所へ彼を乗せた。 体を包んだベビー服の下に、自分が着ていた上着を敷いて クッションの代わりにする。 こんな窮地になっても、最後の母性がそうさせた。 ソエルは涙を拭いもせず、そして振り返らずに背を向けて、 足早にその場を離れた。 クーゴの泣き声が、まるで行かないでと言っているように、 後から後から響いていた。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6歳になったクーゴは、遊び仲間と一緒に施設そばの スクラップ捨て場で、戦闘ごっこをするのが日課だった。 皮肉なことに、クーゴが捨てられていた場所のすぐそばには 孤児施設があり、保護された彼はそれからの少年時代を 施設で過ごすことになる。 着ていたベビー服に刺繍されていた「クーゴ」が、多分名前 ではないかと推測されて、そのまま名乗ることになった。 DNA管理までされているこの時代、クーゴの親の素性まで調査 出来ないわけではなかったが、施設は近代的な方法を嫌った。 施設に来るような子供は、施設に入れるような親の元にいるべき ではない。それが、この施設の管理者の考えであった。 だが一見まともなようでも、中々したたかさはあって、最低限の 教育しか受けさせないとか、現実的に手厳しい面もあり、 それ以上は自分の力で切り開いて行くしかない。 クーゴは幼いながらもそれを覚悟し、自分の力で絶対に 自分の夢を果たすことを心に誓う。 毎日の遊びの時間でさえ、ちょっと遅くなると施設の先生に お目玉を貰った。子供時代のクーゴは、自由なようでまるで 自由ではなかったのだ。 時折寂しくなると、一人で近くにある海へ行く。 もしかしたらこの海で、自分の母親だった人は死んだのかも 知れない。 少し大きくなって自我が出来てくると、クーゴはそんな風に 考えるようになった。 深夜、目が覚めて部屋を脱け出したクーゴが、地階の職員ルーム で先生が声をひそめて喋るのを陰から聞いてしまったことがある。 自分の母親は、自分を置いて行方不明になったらしい。 そこまでの調査はされていたのだ。だが、それ以上時間と費用を かけてクーゴを何とかしてあげようとは思っていないようだ。 クーゴは堪えた。 どうせ俺は捨てられたんだ。 そしてその親はきっともう、この世には存在しない。 それならどのみち。一人で生きて行くんだ。 でも負けない。どんなことをしても。俺は強くなって生きて行く! 真っ青な海を見ながら、クーゴは泣いた。 解っているけれど辛かった。 そして、自分が愛されて存在したのかどうか、それだけでも 知りたかった。 ひとしきり海を眺めて、クーゴは疲れたような笑顔を浮かべると、 また一人施設への道を辿って行った。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 「夢…か」 水の惑星の、自分の部屋で、ジョーゴは夜明けに目覚めて呟いた。 不思議な夢を見たもんだと、ジョーゴはベッドの中で溜め息を吐く。 夢の中で、幼い少年が寂しそうな目をして海を見ている。 その情景があまりにも切なくて、胸を締めつけられる気がした。 何だったんだろう。あの夢は。そして、あの少年は…。 見覚えのある果敢な瞳。風になびく栗色の髪。 どこかで見たことのあるような、懐かしい感じのする少年だった。 物心ついた頃には、もう両親の姿はそばになかった。 ジョーゴが12歳、妹のフローリアが9歳の時、父と母はこの世を 去った。そんなことを、突然ふと思い出す。 仲の良い両親だった。あの日も親戚の家に行かなければならない 用事で、子供達を心配しながら留守を頼んで行った。 ジョーゴは兄らしく胸を叩いて任せといてよと笑い、父も母も 安心した顔で家を後にしたことを覚えている。 フローリアはジョーゴと違い、病気がちで弱々しいから、自分が 両親の分も守ってあげるんだと、ジョーゴはいつもそう思っていた。 けれどそれは、両親が帰って来ると別に信じて疑わないジョーゴに とって、あまりにも悲しい試練へと変わった。 出先で交通事故に遭った父と母は帰らぬ人となってしまい、 本当に自分の力だけで、妹と一緒に生きて行かなければ ならなくなったのだから。 学校を卒業するまでの期間は、親戚の家に引き取られて暮らし、 その後はジョーゴとフローリア二人の暮らしが再開した。 ジョーゴはもっと強くなってフローリアを守り、生活を維持する ために、サイボーグ手術を受け水の惑星を守る防衛軍に入った。 ギャラクシーエネルギーが徐々に衰え始めて来た影響もあり、 天変地異の前触れかと思うような気象異常や、怪しい現象も 起き始めている。 「お兄様、無理はしないでね。訓練は大変でしょう?」 この星を守る警備隊の仕事はきつい。けれど、やりがいもある。 フローリアの心配そうな瞳に見つめられて、ジョーゴは微笑んだ。 「なあに。大丈夫さ、フローリア。それより最近微熱が続いている ようだな。ゆっくり休んでないと駄目じゃないか」 ジョーゴは自分のことよりも、体の弱い妹の身を心配して言う。 フローリアは弱々しく笑った。 その半年後、ふとしたきっかけで体調が悪化したフローリアは、 そのまま天に召された。 ジョーゴは悲しみを紛らわせるように、警備の勤務に没頭した。 時には鬼隊長とまで異名を取るほどに、ジョーゴは何かから 逃れるような鋭い目をしてただただ一心に働いた。 やりきれない。寂しい。 たった一人で生きて行かなければいけない。 この空白な気持ちをどうすることも出来ないでいる。 来る日も来る日も変わることのない切ない思いのまま、 このまま終わるのだろうか…。 そして天変地異はやって来た。 ギャラクシーエネルギー衰退の影響が、水の惑星を真っ二つに 切り裂いた。仲間ともはぐれ、ジョーゴは片割れになったもう一つの 水の惑星に留まり、そこで仕方なく生きて来て、時々ふざけた ように降って湧くアサーリシジーミ軍団を防ぐ毎日の繰り返し。 本当は嫌気がさしていたのだろう。俺は…。 何もかも失って、モンスターに水をくれてやってもどうでもいい。 だから、本気になってやれば追い払うことも出来た筈なのに、 やろうとしないで、100回やって99回も負けて。 クーゴ達が現れて、お前は一体何を今までやってたんだよ? ってな具合に発破かけられた時、我に返ったのかもな…。 ジョーゴは色んな回想をしながら、ベッドの中でふっと笑った。 今日はどうしちまったのかな、俺は。 こんな感傷に浸るのは、久し振りのことだ。 あの夢が引き金で、色んな過去のことまで思い出してしまう。 ジョーゴは切ない目をして寝返りを打つ。 クーゴやハッカに会いたいな。 心から今、そう思った。 家族を全部失って、もう俺の帰る場所などどこにもないと 思っていた。 でも。クーゴやハッカに巡り会えて、オーロラ姫を守って、そして、 大王星まで辿り着けて夢を果たしたことが、今の俺の誇り。 それを胸に、俺は今を生きている。 もう悲しくなんかなく。 今の俺があるのは、家族以上の絆で結ばれた友と、心の奥に 大切にしまってある愛する女性への想いがあるから。 ジョーゴは思い立った。 3年振りに、懐かしい者との再会を果たすことを。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ キティ博士は通信をキャッチした。 相手はジョーゴだった。 「ジョーゴ。久し振りですね。元気ですか」 優しく微笑むキティ博士。癒されるように暖かい声。 ジョーゴは少し照れたように笑みを浮かべて答える。 「キティ博士。ご無沙汰しています。お変わりないですか」 「こちらは皆変わりないですよ。今日はどうしたのですか?」 ジョーゴが改まって通信を送るなんて何かあったのではと、 キティ博士は心配しているようだった。 「突然驚かせるような真似をして申し訳ありません。 実は明日から少し休暇を取るつもりですが、もしクーゴに 時間があったら会わせて頂けないかと思ったので」 ジョーゴは相変わらず礼儀正しい。 クーゴを別に管理しているわけではないが、一緒に仕事を している関係上まずキティ博士にお伺いを立てるのが筋だと 思っているようだ。 キティ博士は安心させるように穏やかに答える。 「ジョーゴ。何も遠慮は要りませんよ。是非地球へいらっしゃい。 クーゴはある星系に仕事に出掛けていましたが、今日の午後 戻りました。明日から休んでもらおうと思っていたのでちょうど いいでしょう。たまには二人してゆっくりしなさい」 ジョーゴの顔が晴れやかになった。 「ありがとうございます、キティ博士。それじゃ明日そちらへ 伺います。クーゴにそうお伝え下さい」 7月終わりの空は高く、青空に白い入道雲、強い陽射しが 眩しい。地球の夏。キティ研究所の前の海も青々とうねり、 小波を繰り返す。そんな風景にぴったりなスターカッパーが、 海の上空から降りて来る。 「ジョーゴーーっ!」 研究所の敷地内で大きく手を振って、待っていてくれるのは クーゴ。スターカッパーから身を乗り出すようにして、 ジョーゴも手を振り返す。 ゆっくりと着地したマシンにクーゴが走って近付き、目を合わせて 笑った。 「ジョーゴ!脅かしやがって。いきなりどうしたんだよ、 元気だったのか?」 矢継ぎ早にまくし立てるクーゴは、まるで子供みたいだ。 嬉しくてたまらない様子が伝わって来る。 ジョーゴもとても嬉しそうに微笑んで、クーゴの手を取った。 「突然すまん。急に会いたくなったんだよ。迷惑じゃない だろうな?」 「お前がそう言ってくれるなんて嬉しいぜ。気の済むまで 泊まって行けよ」 二人に与えられた久し振りの夏休みが始まった。 ジョーゴはクーゴに案内されて、お互いのマシンに乗り、 あちこちを散策して回った。 「地球は最高の星だな。俺の星にも似て、水や海も豊富で 懐かしさも感じる。いいところだ」 途中、景観の良い、海を見下ろせる場所に立って、ジョーゴは クーゴを振り返るとそう言った。 クーゴは満足そうに得意げな笑顔をして見せた。 「そりゃあそうさ。何たって俺が育った星だからな」 ジョーゴも大笑いする。 「よく言うぜ。参った参った」 夜になると、キティ研究所のダイニングには、ジョーゴの訪問を 歓迎してたくさんのご馳走が並んだ。 「ハッカが見たらさぞかし喜ぶだろうな」 「そうなんだよ。折角だからあいつも呼ぶかと思ったんだが、 今新しい建築チームの要になってるとかで忙しいらしいぜ。 あいつも偉くなったよなあ」 懐かしい話題に花を咲かせながら、美味しい料理を楽しむ。 キティ博士もドッジ助教授も同席して、楽しい時間は瞬く間に 過ぎて行った。 「ジョーゴ」 その夜、二人で枕を並べて、クーゴがそっと話しかけた。 「ん?」 ジョーゴは静かに目を閉じたまま返事をする。 「何か…あったのか?」 突然の訪問を心配しているらしいクーゴが、思い切って訊いて来た。 「心配させて悪かったな、クーゴ。何もないぜ、ただ…」 クーゴはジョーゴの方に寝返って訊く。 「ただ…?」 「夢を見たんだ。海を見つめて泣いている、幼い少年の夢を。 誰なのか解らない。でもどこかで見たことがあるような気もする。 目が覚めて、急にお前に会いたくなった。…何かの暗示かな?」 クーゴは一瞬言葉に詰まる。 そして、静かに天井を見上げて、呟くように言った。 「俺も見たよ。自分が子供の頃の夢。俺さ、忘れたとばっかり 思ってたけど、頭のどっかであの寂しさ覚えてたんだろうな」 ジョーゴは思った。 旅の途中で、クーゴは一度たりともそんな素振りは見せなかった。 それどころか、亡き妹に良く似た面差しのフロメダが死んだ時、 誰よりも陰でそっと見守っていてくれたのはクーゴだった。 クーゴには解ってもらえる。 ジョーゴはあの時、そう心から感じることが出来たのだ。 「とにかくお前が会いに来てくれて嬉しいよ、ジョーゴ」 クーゴは目を閉じて微笑みながら、そのまま静かに寝息を 立て始めた。ジョーゴもそんなクーゴに安心し、眠りに就いた。 翌日、クーゴとジョーゴは、研究所の前の海で思う存分泳いだ。 泳ぎ疲れると風の良く行き渡る木陰に寝そべって、心地良い 午睡に吸い込まれて行った。 静かで平和で穏やかな二人の夏休み。 ずっとこうしていたように、古くからの親友のように、お互い 安心していられる存在。 何もそれ以上言わなくても、一緒に時間を共有しているだけでいい。 クィーンコスモス号で共に旅をしたあの時のように。 黄昏が近付いて来た。 優しい夕日が水平線の彼方へ沈もうとし、薄紅色の空が 儚げで美しい。 木陰でずっと休んだままの二人の元に、遠くからドッジ助教授 の声がかかる。 「クーゴ!見なさい。久々に大きな獲物だ」 クーゴは体を起こすと、ドッジ助教授の方を向いた。 見ると、大きなクーラーボックスを開いて、中の魚を見せて顔を 綻ばせている。 「あー。すげー!ドッジ助教授、もしかして釣って来たんですかぁ?」 「もちろんじゃ。たまの客人ゆえ、このドッジの腕を披露して 新鮮な晩餐もまた良かろう?ジョーゴ、待っていなさい」 「すごいなぁ。ドッジ助教授。そんな趣味までお持ちとは。 恐れ入ります」 クーゴはジョーゴにこそっと呟く。 「ジョーゴ、あんまりおだてると調子に乗るから…」 「クーゴっっ!!聞こえとるぞっ!」 クーゴが舌を出し肩を竦め、ジョーゴは可笑しそうに笑う。 そこへキティ博士が歩いて来た。 「今夜はガーデンディナーにしましょう。テーブルとチェアーを 用意するのをあと少ししたら手伝ってくれますか?」 ジョーゴは嬉しそうに答える。 「喜んで!」 キティ博士は微笑む。そして、そばの植え込みに今を盛りと 咲いている向日葵を指差して言う。 「それから、その小さなソエルを2、3輪テーブルの上に 活けましょう」 「ソエル?」 クーゴが訊き返した。 「その向日葵のことですよ、品種改良してソエルと呼ぶのです」 ジョーゴが身を乗り出した。 「良い響きですね」 「北欧の古代文字で、太陽と言う意味だそうです。ずっと太陽を 見つめ続けている向日葵にぴったりな名前でしょう?」 「向日葵の花言葉を知っとるか?」 ドッジ助教授はまた再び誇らしそうにクーゴ達に向かい言う。 「知りませんよ、そんなの。ドッジ助教授知ってるんですかぁ?」 クーゴは呆れたような調子で訊ねる。 「バカ者め。常識じゃ。“ずっと君を見ている”…何と健気な。 うーん」 クーゴは、ドッジ助教授らしくない風情に吹き出した。 黄昏は深まって行く。 ジョーゴは風に髪をなびかせて半身を起こした体勢で、静かに 目を閉じている。潮の香りが優しく体を包む。 ドッジ助教授とキティ博士は、準備に戻って行った。 クーゴは大きく伸びをする。泳ぎの後の心地良い疲れが、 また睡魔になって襲って来そうだ。 ジョーゴは目を閉じ、風に体を預けながら思った。 今のクーゴには、素晴らしい家族がいる。 ここに来れて良かった。クーゴが幸せそうで良かった。 そう安心した途端、何か別の切なさに襲われて動けなくなる。 ジョーゴは目を開けた。 「さてと。そろそろ俺達も行くとするか、ジョーゴ」 クーゴに何気なく話しかけられて、ジョーゴは返事をしようと したが、言葉に詰まって横を向いてしまう。 「ジョーゴ…?」 心配そうにクーゴがこちらを見る。 「…何でもない。気にするな」 肩が少しだけ、無理をしているように震えて見えた。 そのままちょっとだけ沈黙が流れた。 クーゴは遠くを見ながら静かに語りかける。 「ジョーゴ。無理すんなよ。お前、まわりに気ぃ遣い過ぎて、 いつだって自分を抑えて来ただろ。時には開放してやっても いいんじゃねぇのか?自分を」 クーゴは気付いていたのだ。 ここを訪れたジョーゴの寂しさを。 振り返り、そっとクーゴがジョーゴの肩に手を置く。 ジョーゴの表情は少し和らいだように見えた。 「すまん…クーゴ。俺らしくないと解っているんだが」 ジョーゴの声は弱々しく感じた。 クーゴは笑う。安心させるように暖かく。 「いいってことよ、ジョーゴ。我慢はもうするなって。な?」 ジョーゴは思う。 もしかしたら、俺よりも遥かに、クーゴは大きい奴かも知れない。 孤児で、親に愛された記憶もなく、たった一人で苦労を重ねて 生きて来たそんなお前の方が、中途半端に寂しい俺なんかよりも、 ずっとずっと強い気がする。 気持ちを抑えてしまう俺よりも、開く時は思いきり見せ、 しまった時には誰にもそれを感じさせないそんなお前の方が、 どれだけ潔いか…。 俺はずっとお前が羨ましかったのかも知れない。 今も。 本当の身内はいなくても、それを超える家族に匹敵する人達に 囲まれ、生き生きとしているお前が。 「お前が羨ましいよ。クーゴ…」 そう言われてクーゴは、照れるようにまた笑った。 「何言ってんだよ。いつだって俺のこと解ってくれるの お前じゃんか。だから俺もお前の家族同然だろ」 ああ、そうだ。 クーゴ、お前のその言葉が欲しかったんだ、きっと。 ジョーゴは涙を浮かべそうになってやっぱり堪えた。 それでも、肩はまだ震えている。 「ずっと君を見つめている…って奴、やってくれよ。 あ、男同士でそれはまずいか」 ジョーゴは何事もなかったようにお茶目にそう言って笑った。 クーゴもやり返す。 「ちょっとやだな、それ。姫にだけ言われたいねぇ」 「俺だって」 二人で顔を見合わせて、また笑った。 翌朝、ジョーゴは晴れ晴れとした顔をして、クーゴの元を 飛び立って行った。 2日間のみの滞在だったが、ずっと昔から一緒にいたような、 深い時間が二人を包んでいた。 一緒に旅をしていた時よりももっと、今ならお互いが良く見える。 寂しい時はまた会えばいい。 それは甘えではなく、自然なことなのだから。 家族に会いに行きたいと、心で念じればそれは叶うものなのだ。 クーゴには本当の家族はいない。 ジョーゴにももう家族の存在はない。 けれど。 心で繋がっている絆こそが、一番大切なのだから。 小さな向日葵の花、そのソエルと言う名の太陽に、 キティ研究所は今日も包まれている。 どこにいても。 ずっと君を見ている。 確かに、それは存在した愛。


作者あとがき

「俺には親がねえ。だけど、親と子が素敵なもんだってことぐらい知ってるよ」 67話でクーゴが零した言葉を覚えていますか?

クーゴは親に愛された記憶のない孤児。だけど、そんな言葉が言えるくらい暖かいのは、 きっと本当の両親に一瞬でも愛された記憶があったのではないか? そう思ったのが、この小説を書くきっかけとなりました。

普段は冷静なジョーゴも、もしかしたら本当は誰よりも弱い部分があるかも知れない、 そんなエピソードも加えたくて、更にちょうど友達が 「向日葵の花言葉って、“ずっと君を見ている”なんだよ」 と教えてくれたことも重なり、この小説が出来上がりました。
花言葉を教えてくれた友達はその後、幸せな花嫁さんになりました。

このお話は、人は人を思いながら生きているって言うことを書きたくて 書いたお話です。こんなこと言うのおこがましいですが…。



●2004・03・11更新

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