1978年4月2日から1979年8月26日まで 全73話が放映されたテレビアニメ「SF西遊記スタージンガー」のファンクラブです。        



スタジン小説 その55





「ガリウス」   作・さつき

<第1話> そう、誰が来るもんか、こんな処!そう言いつつ、ある日は叫びつつ、 ある日はにじむ灯に目を細めつつ、心に思いながらもまた来てしまう店。「ガリウス」。 きらびやか過ぎず、もちろん清潔で広すぎず狭すぎず。 ベラミスが立つ位置の床に彼女の靴あとが良く見ると染められている。 仕事は「ポジション」が大事なんだ。 心的意味もあるがこの場合物理的に自分の立つ位置。 カウンターの中でも入口が目に入り、何にでも手が届く配置とお客様に視線が向けやすく、 大酒のみのバカヤロウどもがもし暴れてもすかさず出て行けて、 なおかつ背中に絶対に壊されたくないご自慢の大王星グラスのコレクションが守れる位置。 おのずと限定されるがそこが一番。 1人で仕事をこなせる自分に少し酔いながら彼女はそこに落ち着く。 ゆっくり店内を見渡す瞳に愛情がこもる。 と、今日のお客様第一号は・・・・・ <第2話> 人目を憚るように、鮮やかなグリーンの髪を軍服と帽子に隠した 男装の麗人をエスコートして若々しい軍人が滑り込む。 二人ともしなやかな身体使いだ。 でもベラミスは胸に痛みを覚えて一瞬、対応が遅れた。 明らかに軍服が違う。(報われない恋人同士か…。)と、青年と眼が合う。 ベラミスは無言で一番目立たないカウンターの角の席を促した。 奥に座れば店内のほとんど誰からも死角になる。 青年は軽く微笑んで、女性を奥に座らせ言う。 「バーボンを」「お二つですか?」ちらっと女性の反応を見てから 「そうです」青年は震える美声で答えた。 ベラミスは注文を聞き終えたら後は二人にかまわなかった。 やがてドアがまたすんなりと開く。 「いらっしゃい」 今晩はどうしたことか、またもや若い将校だった。 「999が着いたのですか?何にします?」 「ん?そう…。この大王星の女王が唯一許した我々が使える銀河鉄道。発着本数も不定期。 この星の女王はよほど争いが嫌いと見える」 「銀河系の中心でドンパチは誰だって嫌でしょう?」ベラミスは素っ気なく返すが、内心笑っている。 (そうとも、無類の争い嫌いさ。どんな端っこの星に居ようが彼女はそうなんだ。) 「フォァローゼスあるかな」 「はい」前髪をくるくるいじる癖のあるその将校は、 何事が彼女に自慢気に話しかけてきたがベラミスは奥の二人に気が行っていた。 けたたましくドアが開く。 「ベーラミース!酒!」 「また、おまえか?!クーゴや青いのが居ないと保護者なしはお断りだぞ!」 「後から来るよー!あの美味〜いリブも二つ!」 (いきなり二つか!)無言で彼女は用意を始める。 (まったくどうなってんだ、コイツの腹の中の機械は?作った奴はむしろ天才だぞ。 …ま、コイツに悪意がないのが良いか。天才が悪用されてはバカバカしいからな。) 「ほら。初めに言っておく。食い過ぎるな、呑みすぎるな!」 「なんでぃ 姫に言っちゃおっと。誰かさんはここに無許可で店出してまっすよー!」 …ことん。 たった今、カウンターに置かれたグラスが二つに別れ、音をたてた。 液体がこぼれ流れていく。 目を真ん丸くするハッカの前で手早くそれを片付けてしまうと、 電磁剣を労るように撫でながら言い放つ。 「今のはおまえにツケておく。運が良かったな。これだけですんで」 「……おかわり」 カウンターの角から青年が見ていた。 「凄いですね」やはり声は震えている。美男子だ。 「すいません、お見苦しいところを…」 「あなたも軍人か?」その奥から女性が声をかけてきた。 「はい、以前は。今は一匹狼に戻りました」 「そう…」 「何か作りますか?」 「じゃ あなたのおすすめを。二つ」 「はい」 「ベラミ〜ス、俺も おすすめを…!」 「五月蝿い!」 <第3話> 「ベラミス!ハッカ来てるか?」 けたたましいドアの開け方が共通なのはあの男だ。 (もう いいがげんにしてくれ) と頭で考えるのだが、心がホッと暖かくなるのが分かった。 (私もどうかしている) カウンターの奥の二人の分がすんで手が空くと、 前髪くるくるさせながら将校が追加注文した。 (お坊っちゃんかと思ったが、タイミングは見てるわけだ) そんな考察をしていると、今来たクーゴがカウンターに身を乗り出して興奮気味に叫んだ。 「おい、すげぇぜ。ハッカ!ベラミス!999の直近をよぎる赤い流れ星があってさ。 外はその見物人でいっぱいだぜ、接触しちまうんじゃないかと」つ、と将校が立ち上がる。 「流れ星じゃない。…シャアだ…。ご馳走様」一気に3杯目をあおって彼はドアの外に消えた。 (どうやら知り合いか…) グラスを手際よく洗いクーゴに視線を戻すと、 既にハッカの6本目のリブを取り上げてホオバッていた。 「お客様、ご注文はっ!?」 「カルアミルク」クーゴの大声に奥の女がクスッと笑った。 小声で、軍服を緩めリラックスしてきた青年に言っている。 「マリンより若いのかしら?男の子の飲むモノじゃないわね」 「アフロディア…」あとは聞き取れなかった。 やがてドアの外に話声がし、数人の男たちがドヤドヤと入ってきた。 やはり軍服の、その団体の最後にダントンがいた。 「ベラミスさん、後でラ・セーヌの星が来る。 いつも通り二階の窓を開けておいて。 999が来てるから仕事しやすいんだって!」 カウンター内に素早くもぐり込み耳うちするともう出て行った。 「マスター。皆に酒を頼む。この星で一番美味いヤツをな!」 ベラミスは一瞥して心得たように大王星グラスを 背後のキャビネットから人数分、出してきた。 グラスがなくなった場所には小さく額に入った ミュウの笑顔が飾ってあるのだが誰からも見えない。 なみなみと注がれた琥珀の液体は大王星グラスの 青みがかった反射を受けると満天の星の宇宙(そら)だ。 「大王星ワインです」 「おおっ!」思わず男たちから歓声が上がり 「…美しい」注文した恰幅の良いその上校も目を細める。 「これは…」 「飲んでみて下さい。もっと喜んで頂けるかと。 大王星の女王のエネルギーが放射されたワインです。 命をかける兵たちを労い、また鼓舞するには銀河系にこれ以上の飲み物はありません。」 上校の目にうっすら涙が滲んだ。 「ワイフにも飲ませたい…」 「どうぞ ごゆっくり」店の中には暫し、緩やかな時間が愉しげに流れた。 「君は我々軍人の気持ちが良くわかる…有難う」 出て行く時その上校は一礼した。 「ラル大尉、お早く!」 「おお、そうだな」その後ろ姿は頼もしいのに儚げにも見えた。 ベラミスは不意に悲しくなる。 どこかの宇宙では戦いが続いているのか… ギャラクシーエネルギーが蘇っても人はその愛に満たされないのか。 いつの間にかテーブル席に移って飲んでいたクーゴ達も静かだった。 (あぁハッカ、寝たのか)何故かクーゴを見ることが出来なかった。 急にパチン!と大きな音。 軍帽を残して、長い緑の髪をあらわにした女性が走り出て行ってしまった。 後にはバツの悪そうに頬を抑えた青年がベラミスを見て目配せ。 会計を済ませたのに…立ち尽くしている。 「追いかけなさい」青年ははっとして顔をあげた。 「有難う!」 「…なんか色々あったな。」 目を合わせずに黙々と作業をするベラミスにクーゴが近よって来て言った。 「そうだな」それでも何故か視線を合わせられない。 「ベラミス」 「なんだ?」 「注文、頼むぜ」何だか優しかった。 「何にします?」 「お前のおすすめを」ベラミスはクーゴを見つめていた。 「クーゴ、ハッカ!うん。やっぱりここだったか!帰ろう。 明日999が出るまで内密に警戒体制が敷かれた。 出勤だ。あーあ、ハッカ!おい、ハッカ!」 「しょ〜がない、お仕事お仕事!ひ〜めのためなら〜ってね。 じゃあな、ベラミス!美味しかったぞ、お前のおすすめ!」 ハッカを軽々と担ぐと笑ってクーゴは出て行った。 ジョーゴは一足遅れて行きかけ、ゆっくりとベラミスを振り返った。 「今度、それを私にも。大切な人を連れて来ます。」 銀河系の中心の美しい惑星のどこか。 「ガリウス」には今宵もまた人が寄り集まる… 満天の星のように無数の想いが寄り集まって、そして消えていくのだ。 <第4話> 銀河系宇宙の中心、大王星には美しい命そのもののギャラクシーエネルギーが溢れる。 その惑星のちょっとした影の部分…決してアウトロー街でもないが、 高級キラキラ街でもない…そんな一画に「ガリウス」は有った。 誰にでもお酒をふるまってくれる中立を保つ店でありながら何故か無許可。 滅法腕のたつ戦士だったマスターが一人で切り盛りしている。 ここでしか味わえない大王星ワインは飲む人々を一時、 若しくは心の琴線に触れることがあれば永遠に、癒してくれる。 さて、前説が長くなったが、そのマスター、ベラミスは今晩もまた カウンター内のお気に入りのポジションに立って店内を何とはなしに見渡していた。 すると早速ドアが開く…。 「いらっしゃい」 「助けてくれ。追われてるんだ。」 ベラミスは古びた木製の、空ビンを収納する箱をスルッと動かし、 その下に細く続く地下階段を示した。狭い。が、飛び込んできた男は 羽織っていたマントで器用にも身を包んでスッポリそこに収まった。 仮に見られても汚いゴミにしか見えないだろう。 木箱を一寸の狂いなく元の位置に戻すと、すぐに武装した警官隊が入ってきた。 「怪しい奴が来なかったか?」 「来ないと 言っても信じないでしょう。どうぞ、ご自由に」 警官隊は二手に別れ、二階にかけ上がったほうからガナリ声が響く。 「隊長!こっちです!窓が開いています!」 「外だ」 あっという間に皆消えて行った。 (慌ただしいな…) ほっとする間もなく再度ドアが開く。 「まだ何か?」 視線の先には、今の警官隊の隊長がいて、ベラミスに手を差し出す。 「女王特別警護隊隊長から貴女のことは聞いています。 大王星警備E地区担当のフィガラです。他星から来ました。 就任したばかりですが、お見知りおきを」 はっきりした口調で、揺れる銀髪の下の瞳が真っ直ぐに彼女に向かい開かれた。 「宜しく」 一瞬、彼女の脳裏を 昔ロカンたちがいた古代遊星で、 差し出されたクーゴの手を打ち払った若き日の自分の姿が過った。 「ふふ…」 「?何が可笑しいのです?」 「いや、こちらのことだ」 「…貴女は、覚えているでしょうか…?ずっと以前。 マンドラゴというモンスターに支配された遊星があったのを」 「え!?」 「…少年だった私は、あの時ロカンたちに保護されて彼処にいたのです。」 「!…」 「貴女と遅れて来た警護隊長が私たちを救ってくれた。何の関わりもないのに」 「ま…さか」 「私の母星は、既に在りませんでした」 フィガラは力を込めてベラミスの手を握った。 「星の開拓がすんだ後、私は貴女の後を追いました。…ロカン達はきっと今でも貴女を待っています」 あまりのことに彼女は口が聞けない。それでもやっと言葉を漏らす。 「…早く行きなさい」 「また、来ます」彼は夜の帳に消えた。 「あ〜良かった!もう一生、出れないかと思ったよ」 汚いマントを羽織り直して、床の下のから出て来た男がカウンターに座って言った。 「すまなかったな。でも小型酸素吸入器、くわえたでしょう?入る時に」 「あれっ。見てたのか。あっはっは」 「奢りです」 ベラミスが滑らせたグラスを上手に受け止め、すするように大事に呑む。 「あ〜…美味い!」 心底から出るような声だった。 「ベラミスさん!見て、この帽子。銃弾の跡だらけだ。被ると穴から周りが見えるんだ」 「ダントン。今日はもう来ないほうがいいって伝えて。見張られているかも知れない」 ベラミスはその変なツバの広い、穴だらけの帽子を受け取りながら言った。 入って来た少年は踵を返すと答えた。 「分かった、伝える!それ、途中で拾ったんだ。ベラミスさんにあげるよ」 もう姿は無かった。カウンターの男が言った。 「俺のだ…」 帽子を深く被りマントにくるまって男は、さも落ち着いたようにグラスを空にした。 どう見ても変わった出で立ちだった。 一人一人の素性を尋ねないのが信条のベラミスも、 思わず口を開きそうになったその時、先に男が言った。 「時空が歪んでいる」 「え?」 「ここだけ…そうだ、入口からあんたが立っているその周辺を中心に… このカウンターまで、だな。歪んでる。でも何だろう? 普通の時空じゃない感じだ…。おかしいな、さっきはしなかったのに」 「…黄泉の国と、時々繋がるのかも知れません」 「なんだって?」 「ふふ…。あなたの素性を訪ねようかと思ったが、私の話をしたほうが良さそうですね」 男はちょっとかしこまったようにベラミスに向かって座り直した。 「ああ。是非…」 グラスを取り換えて彼女は話始めた。 <第5話> ベラミスは自分がサイボーグ戦士になったいきさつや、 オーロラ、クーゴ達一行と、ギューマ・ラセツ軍団での戦いのことなどを手短に語った。 そして、大王星の月での自分の最期・・・。 では、なぜ、自分が今、ここに存在しているのか? 本当のところは彼女自身にもわからない。 ただ薄れていく意識を呼び止めた、 オレンジ色の草原の中の母に似た姿だけが幻のように残っている。 黄昏時の寂しく懐かしい記憶みたいに。「もしかすると・・・ 私のこの世界への未練が、あまりに強くて成仏出来ないでいるのかも知れません」 怪しい微笑みで彼女は話を締めくくった。 そして思い出したかのように、でも悟っている者の哀しい落ち着きで付け足した。 「このガリウスの時空の歪みはこの一箇所だけ。しかもほんの時折です。 きっと・・・あの、黄昏時の草原へ、帰るときが来るのでしょう。しかもそう遠くない未来に。 私の・・・この未練が断ち切れたら・・・」 男は、神妙に聞き入っていたが気がつくと涙を流していた。 何の未練だとか余計なことは一切聞かなかった。優しい男だった。 銃弾の穴だらけの帽子を目深にかぶり、 その穴から小さな目だけをのぞかせて、男は立ち上がった。 遠くに警笛が聞こえたのだ。 「ありがとう。いい酒だった」 「気を付けて」ベラミスは自分から手を差し出していた。 二人の、本来出会うこともなかったろう戦士たちは、こうして別れた。 この出逢いに何かの意味があったのかどうかさえ彼女にはわからない。 「ガリウス」とはそういう場所なのだ。人の人生が一瞬行きかい、すぐまた霧散する・・。 いくぶん乱暴に店のドアが開く。先ほどの警備隊長フィガラが立っていた。 「・・・・今晩は見回りの回数が多いようですね。何か?」 もう、すっかりいつものベラミスに戻っている。 「女海賊エメラルダスの船が、大王星の999軌道上に現れました。初めてのことです。 「エメラルダス・・・・」さすがにベラミスも絶句した。 たった一人で星の海を流離う女海賊、名前は聞き及んでいた。 「彼女は我々、警備隊の母船に通信を送ってきました。 ‘トチロー’という男を捜している・・・と」 「・・・トチロー?・・・知らないな」 「そうでしょうか?」 「え?」 「いえ・・いいんです。彼女の船はもう去りました。 私は、今は・・・職務外です。お客として、一杯飲ませてください」 「え?ああ・・何になさいますか?」 「この店のおすすめを」 フィガラはまっすぐベラミスを見据える位置に座って、真摯な態度で言った。 「私は、あのマンドラゴの遊星で、あなたのような戦士になりたいと思いました。 ジャン・クーゴ警護隊長も強かったけれど、あなたは単身おとりになってつっこんで来た。 後で女性と知って驚きました・・・」 「そう・・か・・」曖昧な返事だった。ベラミスはあまりこのようなやり取りに慣れていない。 「たった一人の男をこの星の海にかけて探すエメラルダス・・・・。 私にはその気持ちがわかります」 「・・・・・」 「幸い、私は見つけた」 「どうぞ」 「あなたを」 グラスを置いた手を素早く、でも限りなくそっとフィガラの両手が包んだ。 銀色の前髪がゆらいだので端正な額が隠れた。 めずらしく身動きできないベラミス。 昔、クーゴに差し出された手を振り払った彼女とは別人のようだ。 「あなたを 探していました」 「・・・・・」 「会えて良かった。あの時、あなたが来てくれなかったら私たちはどうなっていたことか・・・」 その銀髪の下で誠実でまっすぐな瞳が微笑むと、彼女の胸にあたたかい光が差し込んだ。 ゆっくりとではあったが。 私の生は無駄ではなかったんだ・・・。 ああ、そうか。無駄なことなんてないんだな、何もない。・・・・ 殺してはいけません・・・誰だったかな、戦いのさなかそんなことを叫んでいたのは? ・・・ああ、オーロラ、だ・・・・。 「ロカン達に会いに行きましょう」 「・・・ありがとう。フィガラ。でも・・・・私はここから離れられないんだ」 「何故です?」 「・・・・・」それは、あまりに哀しい微笑み方でフィガラは胸を衝かれた。 「では!では、私がロカン達をここへ連れて来ます!! あなたはここに居てください!!」 「待っていてください。必ず!」くどいように念をおして フィガラが立ち去ると、店は閉店の時間を迎えた。 ベラミスは静かにご自慢の大王製グラスを全て磨き、カウンターに並べる。 空になったグラス棚の奥からそっとミュウの写真を取り出す。 「ミュウ・・・・そろそろ、おまえのお迎えが必要だぞ。 良かったな、やっと会える。良い子にしてたか?」 涙があふれてとまらない。 彼女の電磁剣はだんだんにエッジが薄れ、やがてしゃぼんのように消えた。 それは、彼女が最期のときに置いてきてしまった本物の代わりに、 彼女の思念で作り出した偽者だったから。本物が今どこにあるのか彼女は知らない。 白いユリが朝の日差しをうけながら見守る丘にあるのか。 誰かの手に あるのか。 宇宙空間の塵に消えた もうすぐだ。私も。 無駄ではなかったんだ ・・・何もかも。 リザーブの瓶がカウンターの背後に置かれていて、 そこから3本を取り出す。それぞれ3人の顔がかすめる。 緑の「D]の文字の瓶は丸くて本人そのものだ。「よく食べたな・・・」思わず笑顔が戻る。 青い「S」の文字の瓶は残りわずかだ。 先日、雪のように白い女性を連れて来た折に使ったから。 大王星ワインの注文だったが、この瓶からもアレンジしてスペシャルにして出したら喜んでいた。 特に女性はうれしそうだった・・・。 赤い「J」の文字の瓶は何本目だろう。・・・楽しかったな、クーゴ。 少し延長時間をもらったから 私が夢に描いたようなこんな時間が持てたんだろうな。 おかげさまだが、誰のおかげというのかな。 私を呼びとめ、この時空をゆがめ、ひとときの夢を叶えてくれた・・・・ 誰かがいるならお礼を言おう。 私はクーゴが好きだ。 それに気づかせてくれた。 愛する気持ちをたくさん持っていたから、愛する人たちを守りたくて、 出来なくて苦しんで、そして最後までそれに殉じた。 もう、いいよ。 思い残すことは何もない。 帰ろう。 ガリウスの最後の「扉」が閉まる。 音もなく。 「たった1日、いや・・1時間でいい。・・平和な時にあなたに会いたかった」 さようならジャン・クーゴ。やはり素直にはなれなかったけれど。 誰にも・・・これが本当に永遠の「別れ」なのかは わからない。   FIN


●2010・10・19更新

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