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「ディナータイムは予約制で、今夜のお客様は3組。
そのうちの一席を、クーゴさん、あなたにプレゼントさせて下さい」
マリアは長い金髪を後ろでひとつに結い、真っ白なエプロンを締めて、
快活にキッチンで作業しながら言った。
「マリア、それは悪いよ。こっちはあんたにそんなことを
してもらえる立場じゃねえ。それに忙しそうじゃないか、
俺はもうそろそろ・・・」
クーゴがマリアの気遣いに慌てて席を立とうとすると、
マリアは真っ直ぐクーゴの方へ向き直った。
「クーゴさん。これは私からのお願いなの。
オーロラ姫とクーゴさん達のおかげで、
今こうして平穏に暮らしていられる。・・・それに」
ちょっとはにかむような目つきをして。
「まだまだお話ししたいこともあるし。
是非私の作ったディナーを召し上がっていただきたいし」
これにはクーゴも断わりようが無かった。
参った、という表情で、笑いながら申し出た。
「ありがとう、マリア。それじゃ遠慮無く。
その代わりと言っちゃ何だが、出来れば何か手伝わせてくれないか」
マリアの顔は、最上の喜びを表す微笑みで輝いた。
茶目っ気のある仕草でクーゴをキッチンに招き入れ、
クーゴは自らすすんでボウルやらプレートやらを洗い始めた。
夜の帳が降りる頃になると、店内のあちこちには青いキャンドルが灯る。
ドーム型をしたガラスのケースに入った、青い青いキャンドル。
マリアの料理は、息を呑むほど美味しいコースだった。
バジルを散らしたトマトスープ、珍しい貝を使ったマリネ、
シーフードとハーブのサラダ、チキンのグリル、
木の実のパイ、フルーツシャーベット。
久し振りに心のこもったもてなしと、
優しいぬくもりに酔いしれたクーゴは、上機嫌だった。
マリアの片付けを手伝いながら、二人して他愛無い会話がいつまでも続く。
店の中に居た客も全てひき、一段落すると、
テーブルのひとつに2客のティーカップを置き、
クーゴとマリアは向かい合って座った。
窓辺には落ちてきそうなほど沢山の星を湛えた澄んだ夜空が映り、
青いキャンドルが少し幻想的に揺らめいている。
その情景をいとおしそうに見つめながら、マリアがそっと言葉をかけた。
「クーゴさん、ひとつ聞いてもいいですか」
同じように静かに、窓辺の夜空に目をやっていたクーゴがマリアの方を向いた。
「何故、大王星に行って、もう一度オーロラ姫に会わないの?」
いきなり思いがけないことを切り出されて、
動揺しそうになったクーゴだったが、次の瞬間には落ち着いた目で
マリアを見て、こう答えた。
「大王星は神聖な場所だ。何か特別な事情でもない限り、
勝手に立ち入るわけにはいかねえんだ」
マリアの表情が翳った。不本意だという心情が素直に表れる。
「でも・・・オーロラ姫を今でも愛してるんでしょう?
それは、特別な事情を超えるものじゃないの?」
「マリア。姫は俺ひとりがどうにかなんて出来ない。
全ての星の、神様みたいなもんなんだ」
クーゴの少し困惑したような口調と、淋しげな目の色が痛々しい。
それでもマリアは後に引かず、毅然として続けた。
「クーゴさん。それじゃ、あなたはオーロラ姫の気持ちを
考えたことがありますか」
「オーロラ姫の・・・?」
「大王星の女王には、望んでなったのでない。
彼女しかなれる人が居なかったからでしょう。
あれから10年。銀河系には平和が戻り、10歳に満たない子供達は、
哀しく辛かった頃を知らない。オーロラ姫が皆を救った話も伝説のようになり、
そのうち昔語りの世界になるんだわ」
マリアの声が、少し震えている。
「オーロラ姫こそ誰よりも幸せになっていい筈の人なのに、
好きな人のそばにも居られない。そんなの・・・私なら耐えられない」
最後のひと言を口にして、顔をそらしたマリアの青い瞳から、
涙がひと粒こぼれ落ちた。
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