1978年4月2日から1979年8月26日まで 全73話が放映されたテレビアニメ「SF西遊記スタージンガー」のファンクラブです。        



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スタジン小説 その39





「優しい秘密」   作・みなこ

<3/3> 大王星に夜の帳が下りて来る。 夕景が夜景に変わり、白い花はまるで水銀灯のように光を放つ。 クーゴ達3人は、特別に与えられた寝間で一夜を過ごして、明日 この地を去るのだ。 ハッカは満腹と安心感のせいで、早々に高いびきをかいている。 クーゴは部屋を出て、宮殿を見下ろせる小高い丘に腰を下ろし、 その回りを灯りのように取り巻く白い花を見つめていた。 一人、優しい風に吹かれて、クーゴの髪が揺れている。 その時、背後の人の気配に気付いて、クーゴは振り返った。 ジョーゴが静かにそばに立っていた。 「ジョーゴか」 「ああ。邪魔するぜ」 ジョーゴは穏やかにそう断って、クーゴの隣りに並んで座った。 「ハッカの奴、いびきがうるさくてな。寝入りばなだからもうちょっと したら戻るよ」 ジョーゴが笑ってそう言った。 「あいつもう少し痩せりゃあなあ。迷惑だよな、あのいびき」 クーゴが憎まれ口を叩くが、本気じゃないことはジョーゴも承知して いる。二人揃って笑った。 静かな宵だ。宮殿にはまだ灯りが点いている。 オーロラ姫はあの中で今、何を思っているのだろう。 クーゴがそんなことを考えていると、ジョーゴが察したように話しかけた。 「良かったな、クーゴ。姫にまた会えて」 ジョーゴのそんな唐突な言葉に、クーゴはどきりとする。 自分にしか分からない姫との秘密があるから、そんな一般的な感想 すら、気になって仕方がないのだろうか? クーゴの胸の奥で、ちくりと何かが痛んだ。 ジョーゴに、そしてハッカにも、自分は隠している。 あの、セレナでの姫との一夜を。 「クーゴ、お前さ…」 ジョーゴはクーゴの返事を待つこともなく続けた。瞳は宮殿の方を 見つめたままで。 「久しぶりに会って思ったんだが、どこか変わったな。何だか以前より 落ち着いて見える」 クーゴは言葉を失い、下を向いた。 相変わらずジョーゴは洞察力が鋭い。 黙っていても、心の中を全部見透かされているようで恥ずかしい。 本当は何も言わないでいても、もしかしたらジョーゴは知っているの かも知れない。 ― ごめんな、ジョーゴ。 ― 胸の中でクーゴはジョーゴにひたすら謝罪していた。 ― 俺はひとりだけぬけがけして、姫と会ったんだ。 そうしたいと思って行ったんじゃないが、結局最後には姫への愛を 抑え切れなくなっていた。 そして、姫が俺を必要としてくれたことに、奇蹟のような喜びを 感じてしまった。 ジョーゴに悟られるのは時間の問題かもしれない。 いや、本当は悟られているのかも知れない。 そう考えると、本当に平謝りしたくなって来る。 ああ、ハッカにも。あいつは鈍感に見えて結構繊細だからな。 傷つけたくない。俺は間違ってたのかも知れない ― クーゴは黙ったままだった。 その、一人思い悩むような顔つきを見て、ジョーゴはいきなり 立ち上がった。一つに束ねられた長い黒髪が風になびいて、その 後ろ姿が少しだけ寂しそうに見えた。 そして、ジョーゴは振り返らず、そっと気遣うようにクーゴに言った。 「クーゴ。後悔はするなよ」 心臓が飛び出しそうになる、ジョーゴの言葉。 「ジョーゴ、俺…」 クーゴは懺悔したい思いで一杯で立ち上がり、ジョーゴの背中に言う。 「ストップ」 ジョーゴが微笑んでクーゴを振り向いた。 「どんなことがあってもクーゴ、俺達は変わらないぜ」 ジョーゴはお茶目にウィンクしてみせた。 そして、それ以上何も言わず何も訊かずに、元来た道を戻って行った。 朝早く、クーゴは誰よりも早く目覚めた。 ジョーゴもハッカも、まだ気持ちの良い寝息を立てて休んでいる。 クーゴはそっとベッドを起き出して外へ出ると、清らかな朝の空気を 思い切り胸に吸い込んで伸びをした。 昨夜来た丘に足を運ぶ。宮殿は朝の静寂に包まれている。 オーロラ姫もまだ夢の中なんだろう。 何も迷いなどなかった。 … 俺は姫を愛している。そして、ジョーゴの気持ちに感謝している。 秘密を告白することは出来なかったけれど、それでいい。 もうこの先も、姫とそんな風に会うことはきっとないのだから。 二人の心の奥にしまって生きて行くんだ、ずっと。 それが、ジョーゴやハッカや、何よりも、姫のためなんだ … クーゴの心の中は穏やかだった。 これでいい、そう思ったことが、自分をより強くしてくれる。 その時だった。 「…クーゴさん」 背後から、聞き覚えのある優しく可愛い声が、躊躇いがちに クーゴの名を呼んだ。 クーゴは一瞬固まり、そして、振り向かずそのまま立ち尽くし、 前を向いた状態で返事をする。 「姫…」 振り向かないクーゴに、オーロラ姫は切なくなった。 けれど、クーゴが堪えているのが解る。 真っ直ぐ前を見ていても、肩が強がっているのが解るのだ。 オーロラ姫も懸命に気持ちを抑え、言葉を選ぶ。 「元気そうで…良かった。クーゴさん…」 微笑むけれど、最後の方が震え、恋しさのあまり涙が零れて来る。 クーゴも、前を向いたままでいるが、もっともっと切ない顔になる。 これ以上出来ないくらい我慢をしているのだ。 オーロラ姫はすべてを察して、向きを変え、足早に去ろうとする。 これ以上近くにいたら、想いが溢れてしまう。 以前、会った時のように。 いけない。もう、我侭は許されない。 クーゴは、オーロラ姫が去って行く足音を聞いていた。 あの時のようだ。初めての別れの時。 姫が宮殿に消えて行くのを、背中越しに見守った。 どうしても見ていられなくて背を向けていた。 姫!!姫!!行かないでくれ!! 俺の前から消えないで、俺を残していなくならないでくれ… そんなことが叶うわけがないのに、クーゴはあの時、堪えていたもの を壊してオーロラ姫を追いかけた。ハッカやジョーゴに止められて、 それ以上進めなくなっても、心は叫んでいた。 クーゴが振り返った。あの時のように。 そして、今度こそ、追いかけて、追いついて。 その背中を抱きしめる。壊れそうに儚い背中を。 クーゴの髪が揺れて、オーロラ姫の頬に当たる。 耳元に、駆けて来て弾んだ息がかかる。 後ろから力強い腕に抱きすくめられて、オーロラ姫は一瞬眩暈を 感じた。 「…クーゴさん」 クーゴは、そのまま動かなかった。 オーロラ姫の左の肩に俯いた顔を預けて、両腕を前に回したまま、 ようやく呟いた。 「このままで…いてくれ、姫…。今だけでいい」 声が震えている。 オーロラ姫はさっきよりもずっと切なく、けれど甘い眼差しをして、 それから目を閉じると、自分の手をそっとクーゴの腕に添えた。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 「皆さん…気をつけて帰って下さいね。本当にどうもありがとう」 オーロラ姫の優しい微笑みに見送られて、3人が出発する時間が 迫っていた。 ハッカはもじもじしながらオーロラ姫に言う。 「あのー、姫。また1年後には来ますからね。待ってて下さいねぇ」 可愛らしい言い方に、オーロラ姫はたまらずにっこりする。 「待ってます、ハッカさん」 ハッカは万歳三唱のノリでスターブードへと駆けて行った。 ジョーゴは相変わらず優しい気配りで、 「姫。またお会い出来る日を楽しみにしています。それじゃ」 そして、最後にクーゴがそそくさとして笑いながら駆け出す。 「姫!元気でっ!」 これじゃ、いつかの最終回。 けれど、オーロラ姫は微笑んでいた。 3人をゆっくりと見守りながら、また会える日を待てる喜びに、 心は落ち着いていた。 三機のマシンは飛び立ち、大きく弧を描いて大王星を離れて行った。 その行方を、オーロラ姫はいつまでも見つめていた。 大王星から飛び立って月に近付いた時、スタークローの窓越しに クーゴはその月に向かい、敬礼をした。 あのベラミスが最期を遂げた場所とも言える月。 忘れない。あの時のことも、いつまでも。 銀河系の平和は、皆が作ったものだから。 「楽しかったなあ」 ハッカが、スターブードの操縦席で気抜けした声を出す。 「美味かったなあ、じゃねえのか?お前の場合」 すかさず茶々を入れるクーゴ。すっかり元の元気なクーゴだ。 「言ったなあクーゴ」 「ほらほらまたやる。姫が笑ってるぞ、大王星で」 ジョーゴも呆れながら楽しくて仕方がない様子だ。 また1年後に集まって、そして笑おう。 それが待ってるから、ずっと頑張れる。 優しい秘密は胸の奥に大切にしまっておこう。 そして、時々引っ張り出して、陽に当ててあげるのも悪くない。 愛も、友情も、秤にはかけられないものだから。 3人の表情は明るく、新しい夢に輝いている。 スタークロー、スターブード、スターカッパ−は、変わらない銀河の 茫漠たる流れの中を、太陽系目指して飛んで行った。 <終わり>
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●2003・07・05更新

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