「PARTY」<4/4>
再び出て来たオーロラ姫を見て、三人は驚いた。
今まで見た事のないドレスを着ていたのだ。
赤やピンクの花柄が入った薄いピンクのシフォンドレス。
たっぷりしたシャーリングが優しく引き立て、袖口、衿ぐり、裾のピコレースが
可愛らしさをプラスしている。
足元は素足に白いサンダル。
そして左腕にはプレゼントのブレスレットが、よく似合っていた。
「春って感じだな〜…春の妖精だ…」
クーゴが呟いた。
「可憐だ…」
キザな言葉が見つからず、一言のジョーゴ。
「姫…」
ハッカは言葉にならず名前を呟くだけ。
何を着ても美しいオーロラ姫に、三人はしばし見惚れた。
「みなさん、ワインで乾杯しましょう」
「えっ」
オーロラ姫はバスケットを持っていた。その中にワインが1本とグラスが4個
入っていた。
「ワインなんて、あったんですか?」
ジョーゴがなんとか平静さを取り戻して訊く。
「キティ博士が持たせてくれたのです」
「大王星に着いた時に、祝杯でも上げろってことかなあ」
クーゴが考える。
「そうかもしれません。4本あるので、1本くらい今頂いても大丈夫ですよ」
オーロラ姫がにこやかに言う。
「4本?人数分ってことかあ」
ハッカが勝手に納得している。
「さあ、みなさん、座りましょう」
オーロラ姫がテーブルにグラスを並べると、三人も座った。
「では、まず、ジョーゴさんに」
と言ってオーロラ姫がワインをグラスに注ごうとする。
「いや、そんな。今日は姫のバースデーパーティなんですから、俺が姫に…」
注ごうと、ジョーゴがワインに手を出そうとしたが。
「いいのですよ。突然の事で、私は何も用意出来ませんから、せめてジョーゴ
さんへのお祝いに」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
ジョーゴが持ったグラスに、オーロラ姫はワインを注いだ。
「クーゴさん?どうしたのですか?」
クーゴが片手で目を覆っている。
「いや、あの、姫…衿が…」
注いだ拍子なのか、衿がずれて肩がはだけそうなのだ。
「あ、このドレスは、こうしてもいいんです」
オーロラ姫は衿ぐりを肩下まで下ろした。
「二通りの着方が出来て、素敵でしょう?」
オーロラ姫は特別な今日という日に装いたいと思って、このドレスを選んだ。
「そ、そうですね、姫…」
クーゴは、いやハッカもジョーゴも、鼓動が高まっている。
肩出しドレス姿は見慣れているっていうのに、ちょっとデザインが違っただけで、
こうも雰囲気が変わって、オーロラ姫にドキドキするなんて。
特に今の、無防備に肩をはだける、いや衿を下ろした仕草を間近で見て、三人
ともクラリとした。
「ハッカさん」
オーロラ姫が次はハッカのグラスに注ごうと呼びかけた。
「あ、ええ?いいの?ジョーゴにだけじゃないの?」
「いいですよね?ジョーゴさん」
「どうぞ。クーゴとハッカに、後で恨まれても困りますしね」
「恨んだりはしないけどさあ。あのね、姫。俺の誕生日は4月25日なんだ」
「そうですか。ではその時もワインで乾杯しましょう。約束します。
クーゴさんの誕生日は?」
「俺は3月30日」
「分かりました。覚えておきますね」
微笑んで、オーロラ姫はハッカとクーゴにワインを注いでいった。
「嬉しいけど、大王星に着くまでに、ワインがなくなっちまうよ」
「1本は取っておきましょう。それでいいですね」
「うん!誕生日が楽しみだなあ!」
ハッカが子供のように喜ぶ。
「じゃあ、姫に注ぐのは誕生日の当人って決めておくか」
「いいぜ。つまり今回はジョーゴか」
「いいなあ」
「順番だ順番。ハッカ、お前にも回って来るから。では、姫」
「はい」
オーロラ姫が可愛く返事をしてグラスを差し出し、ジョーゴは徐に注いだ。
「それじゃ、オーロラ姫とジョーゴの誕生日を祝って、乾杯!」
クーゴが音頭を取った。
「かんぱーい!!」
カチンとグラスの合わさる音がして、漸くバースデーパーティが始まった。
パーティのご馳走は、オーロラ姫の好きな料理が並べられ、彼女は終始笑顔を
絶やさず、会話が弾んだ。
オーロラ姫を驚かすためとはいえ、やはり隠し事にしておきたくないと、三人は
一昨日の作戦を話した。
戦闘母艦にもスペースマシンの編隊にも前線基地ででも、攻撃はしても兵士達
の命は助けたのだからと、オーロラ姫は怒ったりはしなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて。
ピピピピと、ジョーゴの傍から音が聞こえた。
「なんだあ?」
突然のことにハッカが驚いている。
「ああ…これはパーティ終了の知らせかなあ…」
ジョーゴが残念そうに、椅子の下から、小型レーダーを取り出した。
「じゃあ、この星の周りに置いた監視カメラが、何かをとらえたってわけか」
クーゴが厳しい表情になった。
「あ、そうか。そういう仕掛けにしてあったっけ。はあ…」
ハッカがため息を吐く。
「何か大きな機影が近付いて来る。あ、クーゴがばら撒いてくれた囮は、
ほとんど消えてるぜ」
「破壊されたのか。奴等も腹が立っただろうな」
なぜかクーゴは敵に同情する風である。
「近付いて来るのは、戦闘母艦なのか?」
「たぶん、そうだろう。姫、パーティはお開きのようです」
オーロラ姫はこくんと頷いた。
「もう少し、この星でのんびりしたかったのですが、仕方ありませんね」
残念そうな表情を見せたが、
「飛び立ちましょう」
きりりとして言った。
「姫の誕生日に戦いはしたくないや。ここは、逃げの一手だな」
クーゴが言うと、ハッカもジョーゴも賛成して、テーブルや椅子、皿などを
てきぱきと片付け始めた。
オーロラ姫は穏やかに迎えてくれたこの星に感謝して、クィーンコスモス号に
乗り込んだ。
ラセツ軍団の戦闘母艦が惑星に近付いていた。
「キャプテン、クィーンコスモス号の反応をとらえました!」
「今度は本物だな?」
ベラミスは念を押す。
「はい、間違いありません。ホリー星から出て来ました」
「やはり、惑星に隠れていたのか。急いで追跡せよ!」
「あっ!」
レーダー係が叫んだ。
「どうした?」
「コスモス号が消えました。どうやら、ワープしたようです」
「なに?」
ベラミスは反応が消えたレーダーを見つめる。
「逃げ足が早いな。どうしても捕まらないか……撤退して、作戦を練り直すか」
囮に振り回されて、兵士達も苛ついている。一旦休ませなければ。
「撤退だ。ラセツ星に戻る!」
戦闘母艦は、ラセツ星に進路を取った。
ワープで脱出しようと言い出したのは、オーロラ姫であった。
衝撃に耐えようと覚悟していたが、やはり彼女は、加速度制御カプセルに
ぐったりと横たわっていた。
「姫、大丈夫?」
ハッカが心配そうな声で訊ねた。ワープを解いた後、真っ先にオーロラ姫の
もとへ来たのだ。
クーゴもジョーゴも、オーロラ姫を心配そうに見つめている。
「大丈夫です」
カプセルが開き、オーロラ姫が起き上がった。
一瞬辛そうな表情をしたが、すぐに微笑んでみせた。
「みなさんの思いが私を守ってくれて、これでも、いつもよりは平気だったのですよ」
そう言ってオーロラ姫は左腕のブレスレットに触れる。
スペースドレスに着替えたが、そのままブレスレットは着けていたのだ。
「姫…!」
三人は感激である。
「ああ、姫。またしばらくは敵の追跡もないでしょうから、部屋でゆっくり
休んで下さい」
ジョーゴが気遣いを見せる。
「いえ……私はリビングで寛ぎたいです。みなさんも一緒にいて下さい。
傍にいて欲しいのです」
オーロラ姫の、優しく、少し甘えを含んだ言い様に、三人はまたしてもクラリとする。
誕生日という特別な日はまだ終わっていない。今日の時間を大切にしたくて、
早く敵から逃れるために、オーロラ姫は自らワープを切り出し、今、みんなと
過ごしたいと願っている。
「そ、そりゃーもちろん、俺は喜んで、姫の傍にいるよ!」
クーゴが勢い込んで答える。
「俺も俺も!」
ハッカも負けずに言う。
「じゃあ、パーティの余韻を、リビングで楽しみましょうかね」
ジョーゴが言って、決まりである。
「みなさん、ありがとう」
オーロラ姫は幸せそうに微笑んだ。
****************
「そうですか。そのブレスレットには、そのような話があったのですね」
そう言って、大王星の老女王・セレーネは、話し終わったオーロラ姫に穏やか
に微笑みかけた。
オーロラ姫が大王星で暮らし始めて一ヶ月程経ったある日。
一日の務めを終えて寛いでいる時間に、セレーネがオーロラ姫にブレスレット
の事を訊ねた。
普段着のドレスでいる時に、必ずブレスレットを着けている。
シンプルで素朴な感じのブレスレットだが、オーロラ姫なら、もっと洒落た物
でも似合うのではないか。
いつからかそう感じていて、セレーネは話そうと思っていたのだった。
「はい。みなさんの心が込められていますから、どんなに美しい宝石などよりも、
大事なもの。そう思って着けているのです」
オーロラ姫は大事そうに愛しそうに、左腕のブレスレットに触れる。
「とても素敵なプレゼントとパーティだったのですね」
「はい」
「そして。最高のパーティですね。あなたを守って来た戦士達は」
セレーネは限りなく優しい瞳で、そう言った。
「セレーネ女王…」
オーロラ姫は感動に胸が震えた。
クーゴ達三人の事を誉められたのが、嬉しい。
オーロラ姫にとって、彼らは誇りだった。
苦しい旅を一緒に乗り越え、喜びも悲しみも分かち合った仲間達。
彼らは私に勇気を与えてくれた。教わる事も多かった。
そして彼らの強い信頼と深い愛。それが支えとなっていた。
銀河系が今、平和なのは、彼らがいてこそだと、オーロラ姫は思っている。
私は銀河系の平和を守る者だけれど、彼らもそうなのだ。
だから。
「はい。クーゴさん、ハッカさん、ジョーゴさんは、優しくて強い戦士。
そして、素晴らしい人達です。巡り会えて良かったと思っています」
オーロラ姫は誇らしげな、晴れやかな顔をしていた。
今夜も銀河の星々は美しく煌いている。
オーロラ姫はセレーネに挨拶をしてから、部屋に戻って来た。
窓辺に佇み、星空を眺める。
あの星空の向こうに、彼らが。
遠く離れていても、強く深い絆で結ばれている。
だから寂しくありません。
健気に思うオーロラ姫は、それでも切ない瞳をしていた。
いつか、彼らと再会出来る日は来るのだろうか。
オーロラ姫とジョーゴのバースデーパーティの後、クーゴ、ハッカの誕生日に、
約束通り、ワインで乾杯した。
だが大王星に着いた時、祝杯を上げる事はなく、残った1本のワインは、今も
クィーンコスモス号に保管されたままである。
あのワインで乾杯する日が、またいつか来るのかしら……。
寂しくないと思った傍から、涙が込み上げて来る。
オーロラ姫は、左腕のブレスレットにそっと触れた。
『姫の傍にいるよ』
クーゴ、ハッカ、ジョーゴの優しい声が聞こえてくるようで。
ふいにオーロラ姫の瞳から、涙が一筋流れた。
たとえ遠く離れていても、心はいつも傍に。
そう思うと、オーロラ姫は切なくなり、溢れる涙が止まらなかった。
みんなと別れて、まだひと月余りしか経っていないのに。
大王星への旅、みんなと過ごした一年数ヶ月が、あまりにも思い出深くて。
会いたいと思ってしまう。
心だけではなく、実際に傍にいて欲しいと願ってしまう。
オーロラ姫は涙を流し続けた。
しばらくして、
「私はまだまだ未熟…こんなことで泣いてしまうなんて」
いつかのように、指で涙を拭った。
『姫の傍にいるよ』
彼らの優しさは、こうやって、時々気弱になってしまう私を励ましてくれる。
オーロラ姫は、ブレスレットを見つめ、そして再び星空を見上げる。
瞳はまだ涙で濡れているが、凛とした強さも宿っていた。
「みなさんの心は、大王星への旅の間中、ずっと傍にあって私を支えてくれました。
これからも、銀河系の平和を守る者として歩き始めた私を、見守っていて下さい。
私の心も、みなさんの傍にあります」
オーロラ姫が星空へ思いを伝えると、応えるように、いくつかの星が煌いた。
<終>
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●2003・07・29更新
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