「Q.E.D. 〜斯くの如くして先の命題を……〜」 作・み〜め
|
Q.E.D.
斯くの如くして……
答は、人々の前に降臨する。
その圧倒的な真実の元では、
何人も、産まれたばかりの赤子のように無力である。
淡く蒼い光が、音もなく降って来る。
記憶の底に沈んでいる何かが、オーロラ姫の心を波立たせる。
「故郷の月を思い出しましたか?」
宮殿の最上階、特殊クリスタルのドームで覆われたテラスで
1人夜空を眺めていたオーロラに声をかけたのは、先代の女王だった。
「……いいえ……あまりにも綺麗な空でしたので、心を奪われておりました……
私の脳裏にある月は、いつも、懐かしさと哀しさが入り混じっていますから……
実は、思い出すことが、少し辛くもあるのです。」
そう答えてしまってから、オーロラは、
「……弱音を吐いてしまってすみません……」
と、消え入りそうな声で謝る。
「……何を謝ることが、ありましょう。私など、生まれて此の方、
ずっと弱音の吐き通しでしたよ。貴女は、もう少し我侭を言ったって、
罰など当たりませんよ。」
オーロラの隣に立ち、穏やかな笑みを湛えたまま、女王が言う。
「……そんな……私、ここへ来てやっと解りましたのに。
女王様が、どれほど銀河のためにお心をお使いくださったのか……
私の決意など、なんと甘いものだったのかと、情けなくなるばかりです……」
「……姫は、まだ、私の本性を知らないからですよ。現に私は、貴女に内緒で、
貴女の大切なものを自分の我侭のために使っているのですよ。」
「えっ?!それは……」
突然の告白に驚き、オーロラは女王の顔を見つめる。
老女とは程遠い美しさは、いつもと変わらない。
けれど……穏やかな笑みが、悪戯っ子のそれに変わっている。
時が、何十年も遡ったかのように。
『……知らない……こんな女王様を……私は……』
「……私の……大切なもの?……」
辛うじて気を取り直し問い返す。
「まだ、秘密ですよ。そう簡単には、教えられないわ。
いいえ、自分で考えなさい。私が、貴女から何を盗んでしまったのか……。」
「……女王様っ!」
返って来た答が、オーロラをパニックに突き落とす。
その狼狽を少し哀れと思ったのか、女王が、
オーロラの目の前に指を差し出しながら言葉を続けた。
「一つだけ……ヒントをあげましょう。私は子どもの頃から、
隠れんぼが得意なのですよ。相手が、どこに隠れても、
どんなに時間がかかっても、きっと探し出す。……
貴女にも、きっと見つけられるはず。心まで目隠しする必要はないのです。」
長いドレスの裾を少女のようにヒラリと翻し、女王がテラスから姿を消した。
呆然としていたオーロラに、女王の最後の呟きは聞こえていなかった。
「……まさか、100年……かかるとは思いませんでしたけれどね……」
「……例え、この命が尽きても、逃げきれるものではないと、
この歳になって漸く解ったよ……」
古ぼけた宇宙服に身を包んだ逃亡者が、苦笑を浮かべながら呟いた。
こうなることを予測していたのか、クーゴが、託された箱を見せた途端に、
総てを理解したようだった。
「はぁ〜!こりゃまあ、たった100年で、どえらい科学者が現れたもんだ。
後、200年は、無理かと踏んだがな。」
クーゴとスタークローを一目見て、その高度な科学力を見抜くこの人物も、
やはり科学者らしい。
老人といえば老人なのだろうが、地球人とは違うので、その容姿からは、
実年齢は判定し難い。
それは、大王星で待つ、先代女王に感じるものと同質である。
「いずれ、ギャラクシーエネルギーが、弱まるのは判っていた。
予測では、20年前に消滅してもおかしくはなかったが……
随分と頑張ったものだな……1人では何も出来なかった……あの弱虫が……。
いや、臆病者の弱虫は、この俺の方だ。
何もかもに背を向けて、こんなところに隠れていたのだからな。」
自嘲する言葉が、何故か、クーゴの心を締め付ける。
「……貴方は……未来の俺だ…と、女王は言いました。
何だか、その意味が、少し解る様な気がします。」
クーゴが、ぽつりと呟いた。
「……ほう……成る程……
あれが、君をここへ寄越したのは、そういうことか……」
ふっと遠い目をして、老科学者プレビオスは、クーゴを見詰めた。
「折角迎えに来てくれたが、簡単には、同行できんな。」
「ええっ!そんなっ!」
たった今まで、快く大王星への同行を承知してくれたプレビオスが、
急に態度を翻した。
「何、君が、俺の頼みを聞いてくれたら、一緒に行くと約束しよう。」
「……報酬のことなら、無理だからな。
俺は、文無しだし……頼みっつても、肉体労働専門だぜ……」
「……ははっ!……そうきたか。肉体労働専門、
結構……俺も……始まりは、そうだった……ただただ、力で守りたくて……。
だが、俺の強さの限界は、すぐに底が見えてしまったから、
別の力を探すしかなかったのさ。科学という力。
俺は、あの時の最高の科学力を駆使して、鉄壁の守りを誇る城を作ろうと決めた。
やがて、それが完成し、俺のすることは無くなった。
いや、たった一つだけあった。
だから、ここで君と出会った。俺が、未来の君なら、君は、過去の俺だ。」
プレビオスは、言葉を切り、深く息を吸い込んで、目を閉じた。
彼の頭脳は、何を導き出そうとしているのだろう。
「……逃げ切れない時は、諦めが肝心だ。オニの方が、隠れんぼは断然有利。
もっと早く気づけばよかったな。ジャン=クーゴ、
君も、この勝負の負けを認めたら、帰るとしよう。」
純白の絨毯を敷き詰めたように、花が咲き乱れている。
旅立った時と変わらぬままに……。
だが、同じ景色が、違ったものに見えるのは何故なのだろう……
言葉より先に、想いが溢れた。
きつくきつくその胸に抱きしめる。
「……ただいま……オーロラ姫……」
「……おかえりなさい……クーゴさん……」
「……俺はもう、どんな運命からも、絶対逃げない。
この想いに恥じない男になる。だから……誰が駄目だって言っても……
銀河が許さなくても……ずっと、ずっと、ずっと……
貴女を……ただ一人の女性として……愛し続けます。」
「……もう、決して……盗まれたりしませんわ……
与えられるだけだったオーロラが、たった一つだけ、
自分の力で、手に入れたいと思ったもの……
目隠しを外したら、目の前にありましたから……」
風が吹いた。
答は、最初から……ここにあった。
どんなに難しい命題でも……
それに答があるのなら……
きっと証明してみせる
この想いは、例外の無い法則。
故に……
Q.E.D.〜証明終了〜
<1> <2> <3> <4> <5>
スタジンオリジナル小説メニューへ戻る / スタジントップページへ戻る
|